この森に伝わる古い物語だ。もしかしたら、怪物と関係があるかもしれない。

城の裏庭/FOREWORD

怪物の城

誰も寄り付かない深い深い森の奥には 
お城があって 
そこには怪物が住んでいるらしい 


少年は、森の少し深いところで蹲っていた 
何故だか涙がぼろぼろと零れた 
迎えに来てくれる筈の父親は 
ついぞ現れないまま 

少年は、やがて、闇雲に歩き始めた 


誰も寄り付かない深い深い森の奥には 
お城があって 
そこには怪物が住んでいるらしい 


お城だ… 


何かに誘われるように螺旋階段を上り、
塔のような城の最上階へ…… 
そこには綺麗な銀髪の青年が眠っていた 
起きる気配はない 


不意に窓から視線を感じて 
窓の外を見た 
庭の隅には大きな岩があって 
少年は何故だか凄くその岩が気になった 

少年は、また螺旋階段を下りていく 


岩は触れると、ドクリと音を立てた 
怖くて手が離せない少年は 
冷たかった岩が仄かに暖かくなった気がした 


僕と同じなんだ 


何故そう思ったのか…… 
少年は、此処から離れてはいけないと感じた 
少年は、岩を握り締めたまま眠りに落ちた 




*******




少年が再びその眼を開いた時 
岩は少し小さくなっているように見えた 
表面のゴツゴツ感が
なくなっているようにも感じた 


胸が詰まるような気がして、
少年は岩に話しかけた 


「君は何故磨り減ってしまったの?」 


岩は答えない 


少年はそれでも尚話しかけた 


「痛くない?」 


そう言って少年が優しく撫でると 
岩は更に艶やかに、丸みを帯びて行った 
やがて岩は人間の大人くらいの石に変化する 


少年は石を抱き締めた 


「君の本当の姿を見せて?」 


石は見る間に小さくなって行き 
やがて老婆の姿になった 


少年は事の成り行きに驚きを覚えなかった 
それよりも、ただ、哀しくて
老婆を抱き抱えたまま泣いた 


すると、今度は 
老婆が見る間に若返り、 
やがて、少女の姿になった 


「華を……」 


少女は言った 
少年の周りには何時の間にか
満開の華々が咲き誇っていた 


「どうかあなたのものに」 


少年は頭を振った 


「ダメだよ 
選べない」 


少女は哀しそうに 


「明日には枯れてしまうの…… 
どうか……」 


と、言った 


突然、視界が暗転した 




*******




少年が目覚めると、そこには銀髪の青年が居た 


最上階に居た人だ…… 


少年は青年に少女のことを尋ねた 


「食べたよ 
アレは哀しい夢だった 
だから、食べた」


「お前は人間なのに魔法が使えるのか?」 


「あなたは人間じゃないの?」 


「人間は夢を食えない」 


「夢を食べるの? 
あなたは獏?? 」


「知らない 
人間が付ける名前に興味はないな 
……あの少女は捨てられたのだ 
あそこに蹲って泣いていた 
少女は幻想を描いた 
自分が可憐な華となり、
誰かに摘んでもらうという淡く儚い夢を 
その為だけに咲くのだと」 


“明日には枯れてしまうの……” 


けれど、待てど暮らせど誰も訪れなかった 


「僕は……摘んであげられなかった 
……どれも綺麗過ぎて 
摘んでしまうにはもったいない気がしたんだ」 


「誰かの為に咲いた 
けれど、お前はその「誰か」ではなかった 
それだけさ」 


少年は哀しそうに俯いてまた少し涙を流した 


「何故?」 


「分からない 
苦しい……」 


「もし、間に合うならどうしたい?」 


「僕……」 


「やってみせろ」 





*******




視界は眩い程の白い華々で埋め尽くされた 
少年は一つだけ 
その手に取った 
涙が止まらなかった 


「あなたは本当は人間だったんだ」 


黒い……棘のある茎に 
銀色の糸の様な花弁 
少年は愛おしそうにそれを見つめた 


「そうでしょう?」 


少年の唇が花弁に触れる 
たちまち華は
少女になり成人女性になり老婆になり…… 
最後に躯になった 


“明日には枯れてしまうの……” 


誰も寄り付かない深い深い森の奥には 
お城があって 
そこには怪物が住んでいるらしい 


けれど、怪物の物語は此処でおしまい。


不思議と匂いのない躯に永い永い抱擁をして 
少年は土へその身体を還してやった 


誰も寄り付かない深い深い森の奥には 
お城があって 
少年はそこでは魔法使いだった 


木の実を食べながら何とか一日一日を生きて 
怪物の墓の前で泣いた 
寂しかった 


幾千年の孤独を越えて 
出逢った二人は 
もう一度逢うことを夢の中で誓い合った




*******




木の実では足りなくて 
少年の身体はふらりふらりと頼りなく揺れた 
朦朧とする意識の中で 
彼女の名を呼ぼうとした 
けれど、知る由もない名前だった 


霞がかった傾いた視界の隅に 
可憐に咲く華が見えた 


「名前を…… 
君の名前を教えて?」 


「僕が……? 
じゃあ……」 


少年は呼んだ
彼女の為に付けた名を


誰も寄り付かない深い深い森の奥には
お城があって
少年はそこでは魔法使いだった


朦朧とした意識の中で
二人は抱き合う事を許された


誰も寄り付かない深い深い森の奥には
お城があって
だけど、哀しい魔法は全て解けてしまった


誰も寄り付かない深い深い森の奥には
もう、お城はない


冷たい躯はやがて風になる
土と混ざり合って
きっと銀色の美しい華を咲かせるだろう

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